表紙絵に使われている有元利夫氏の作品のせいか、私は宮本輝氏の作品にいつも「朱」を感じます。朱は赤錆であり、栄養のない土の色であり、煉瓦の色であり、貧困の悲しみを感じさせるのです。
「真夏の犬」はそんな短編が集められています。
表題作は夏休みの間廃車置場の監視を命じられた少年の夏の日の恐怖を描いたものです。
父親への愛情と猜疑心に揺れ動く少年の心は、暑い夏の日差しを受ける廃車置場での野犬との対決を経てひとつの決別を迎えます。さらに母親へのアンビバレントな関係も加わった最後の部分が加わり、なんとももどかしいまま読者はその世界から突き放されます。
この世界観は短編集全体を貫いています。
「チョコレートを盗め」も同じくそんな作品。
中学生の頃の同級生を訪ねた中年男、新田が、かつて好きだった花枝のやっているおでん屋を訪ねます。新田は、おでん屋が閉まる頃に訪れた男と花枝との話を盗み聞きする羽目になり、男が花枝に「チョコレートを盗め」とそそのかされて幸運を逃したことを知る。しかし、新田は当時花枝の母から同じセリフを言われたことを思い出し、女の子が大好きな甘いチョコレートが新田の心の中で途端に苦いものになるのです。
宮本氏の作品にしては珍しく、この短編集に出てくる食べ物はどれもおいしくなさそうです。
コメント